カテゴリー別アーカイブ: ミラノちょっと歴史ガイド

ミラノ散策 ヴィットリオ・エマヌエーレ大通り

ドゥオモ広場からサン・バビラ広場に続く歩行者天国、ヴィットリオ・エマヌエーレ大通り(Corso Vittorio Emanuele)。デパートやショップ、カフェが立ち並び多くの観光客、地元の人達が「そぞろ歩き」やショッピングを楽しむ賑やかな通りのひとつです。

ローマ時代から存在する古い通りのひとつ。17世紀、18世紀には近くにセルヴィ派の修道院があったため「コルシア・デイ・セルヴィ」と呼ばれました。

19世紀に拡張工事が行われ、それまでの古い建物は、ネオクラシック様式のお屋敷へと変貌し「フランチェスコ I」と改名、さらにイタリア統一後は現在の名称となった歴史豊かな大通りです。

P1060012散歩中には時々、大道芸人達の自由なパフォーマンスも楽しめます。ちなみにこの通り、ミラノで最初に歩行者天国となった通りです。

P1060018ポルティコ(屋根つき歩道)部分が多いので、雨の日でも濡れずにお散歩できます。

P1060013お散歩につかれたら、気楽に通りのバールってみるのも一興!カウンターでは立ち話も兼ねてエスプレッソで一息入れる地元の人達の姿もあります。

Mi_indicazioniビットリオ・エマヌエーレ大通りのお散歩はミラノ大聖堂横から始まります!この付近の2時間程度のお散歩、活気あるミラノを感じさせてくれます。

ショッピング時のアシスタントも含めた2時間程度のミラノ市内お散歩コースは80ユーロより承っております!

隠れた観光スポット サンタ・マリアプレッソ・サンサティロ教会

ミラノ観光の定番といえば、大聖堂にガレリアビットリオ2世、スカラ座、スフォルツェスコ城それにダビンチの「最後の晩餐」ってことろでしょうか。

本日は大御所の脚光に隠れて観光客も少ない隠れた「オススメ観光スポット」を紹介します。

大聖堂広場のちょうど向かい、大聖堂を背にして(マックが目印)左側に通る道がトリノ通り(VIA TORINO)。大型店ZARAなどもありショッピングゾーンのひとつですが、ここを進むと、建物の間の狭い空間にちょっと左に入りこんだ小さな中庭風なスペースがあります。そこに建つのがサンタ・マリア・プレッソ・サンサティロ教会(Chiesa di Santa Maria Presso san Satiro)。長い名前ですが、日本語訳すると「聖サティロのところにある聖母教会」ていう意味です。

P1050103

もともとは9世紀「聖サティロ」の教会があったそうですが、14世紀後期に「奇跡を起こした」というわれる聖母のイコンを安置するために聖母マリア教会が建設。これが現在の名前となったわけです。

ちなみにマリア様のイコン像がおこした奇跡とは中世期、ある若者がこのイコンを突き刺したところ、イコンから血が流れた というエピソード。それから巡礼者が多くなり、この教会を作ったそうです。

14世紀はルネッサンス最高峰の時期。この教会をプロジェクトしたのはドナート・ブラマンテ(DONATO BRAMANTE)。ルネッサンス屈指の建築家、画家で、レオナルド・ダ・ビンチとも見識があり、あのバチカンのサン・ピエトロ大聖堂の建築主任だったという方です。これだけでも大聖堂と同じくらい観光価値ありそうでしょ?

この教会の最大の見所はなんといっても内部にある祭壇。中央には例の奇跡マリア様イコンがありますが、それはそっちのけで奥行きに注目。まずは入り口付近でじっと観察してみましょう。そして、ゆっくりと祭壇に近づいていくと、「あれっ?!」と思うはずです。

祭壇の幅が1メートル弱なのに、実際入り口付近からみると奥行きがある祭壇のように見えるようになってるのです。狭い祭壇幅をブラマンテ率いる芸術家達がトロンプルイユ(騙し画法)といわれるテクニックで、さも「奥行きのある祭壇」 に見せかけているのです!ま、今でいう3D効果って感じでしょうか。500年以上も昔にすでにこんな技術を用いて建設されてるなんて、これはもうミラノの大聖堂よりも「オドロキ教会」のひとつだと思います。

中は写真撮影禁止のため、騙し絵祭壇の画像はアップしてません。是非肉眼でお楽しみくださいね。

住所 Via Speronari, 3 (Vis Torino)

開館時間 月~金7時30分~11時30分、土15時30分~18時30分(予定なく変更される場合もあります)入場無料

ガッレリーア・ヴィットリオ・エマヌエーレII

mi_gvittorio_s

ドウオモ広場からスカラ広場までのびるこのアーケードはミラノ観光にも欠かせないもの。お天気が悪い日(結構ミラノには多いですからね)でも雨に濡れることなくお散歩が楽しめるためミラノの人々にも絶好のウオーキング・スポットなのです。

ガッレリーア・ヴィットリオ・エメヌエーレ2世 (Galleria Vittorio Emanuele II) は1864年より建築開始されました。当時、産業革命で飛躍的な発展を遂げていたロンドンやパリの街に注目していたミラノが、「イタリア第一の産業地」を代表する新しいプロジェクトとして、1856年ドウオモ広場に続く「屋根つき」散歩道を作るためのコンクールを行います。176名の建築家の中から絵選出されたのがジュゼッペ・メンゴーニ (G. Mengoni) さん。途中にガラスと鉄鋼でできたサロン(写真)をもつ十字形のプロジェクトが誕生しました。

ちなみに、メンゴーニさんですが、皮肉なことにメインであるこの中央サロンの天井点検中、誤って落下し他界。だから文字通り彼の「生死」をかけた一大プロジェクトとなってしまったんですね。

1864年着工開始。その2年後にはまだ未完成にもかかわらず(完成は1878年)完成レセプション除幕式が行われたのでした。

本来のプロジェクト案は、天井がもう少し低かったそうですが、この工事資金を融資したイギリスの会社の要望で高くなったんだそうです。この会社倒産後はミラノ市が資金をやりくりしたということで、やっぱりミラノ市民にとってはアイデンティティーの強いモニュメントなんでしょう。

第二次大戦中、空爆により破壊されましたが、1960年代に元の姿となりました。

ガッレリーアのお散歩で一番注目する場所といえば、やっぱり中央にある八角形のサロンでしょう。鉄筋とガラスで張られた大きなドーム、その下四方にあるモザイク画はアフリカ、アメリカ、アジア、ヨーロッパの4大陸を象徴する寓意画(オーストラリアはまだこの時期発見されてなかったらしい)。そして床にはサボイア家の紋章、さらにフィレンツェ、ミラノ、ローマ、トリノ市のマークで飾られています。特にトリノの紋章ではなぜか牛の股間の部分にカカトで立ち、くるりと一周する旅行者の姿が見かけられます。これは前述のモザイク寓意画のテーマを一周することで「世界一周した」とか、幸運なことがある とか様々な説ですが、やられている牛の身になったら堪ったもんじゃありませんよねぇ。

ガッレリア内にはカフェやブティックが連なり、そのカフェもほとんどがガラス張り。ここでカプチーノでも飲みながら優雅に道行く人達をウオッチングするのも一興です。